
迷いの只中にこそ、悟りへの道は開かれる
The path to enlightenment opens in the midst of confusion.
選字の背景: 迷いは悟りの種。泥中の蓮の如く咲く。
昨日は、「悟」という字について語らいましたが、木枯らしに吹かれた道ゆく枯れ葉は風に吹かれ、行き先を迷っているかのようです。私たちは「迷う」ことを、恥ずべきこと、避けるべき停滞だと捉えがちです。しかし、禅には「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という言葉があります。迷いや悩み(煩悩)と、悟り(菩提)は、別々のものではなく、表裏一体であるというのです。泥(迷い)がなければ、蓮(悟り)の花は咲きません。道に迷うということは、今の場所に安住せず、真剣に「本当の道」を探し求めている証拠です。順風満帆な時には決して問わない「自分はどう生きるべきか」という根源的な問いを、迷いの中にある時こそ、私たちは魂の底から発するのです。迷いの霧の中にいる時、無理に晴らそうと焦る必要はありません。その霧こそが、あなたを深く育ててくれている慈雨(じう)なのですから。迷い切ったその先に、必ず道は開かれます。