修-SHUU-

shuu

修行とは、特別な行でなく日常の営みそのもの

Training is not a special practice, but a part of everyday life.

選字の背景: 掃除も食事も己を磨く時。平凡な毎日を修練と成す。

正月気分も遠ざかり、冬の日常が淡々と続く一月十八日に、この文字と向き合うことは、背筋を正す絶好の機会となります。新年の高揚感は消え、日々の仕事や家事が「繰り返しの日常」として定着してきた頃ではないでしょうか。「修める」とは、特別な場所へ行くことではなく、自分の持ち場にあるものを磨き、整え、あるべき姿に戻し続ける行為を指します。禅の世界には「運水搬柴(うんすいはんさい)」という言葉があります。水を運び、薪を運ぶ。そんな何気ない日常の動作そのものが、悟りに至る道(修行)であるという教えです。 私たちはつい、修行といえば「滝に打たれる」「山に籠もる」といった非日常を想像しがちです。しかし、真の修行とは、誰も見ていないところで靴を揃え、丁寧に食事をいただき、心を込めて掃除をすることの中にあります。寒さが厳しい冬の日に、冷たい水で雑巾を絞る。その一瞬の感覚に集中し、心を込めて床を拭く。その時、あなたはすでに「修行」の真っ只中にいます。 日常を「こなす」のではなく、一つひとつの所作を「修める」。その静かな積み重ねが、あなたの魂を磨き上げ、濁りのない人格を形作っていくのです。

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