視-MIRU-

miru視

主観のフィルターを外し、あるがままの現実を直視する

Remove your subjective filter and face reality as it is.

選字の背景:曇りなき眼で、偏らず今ある姿を見つめよ

本日、四月十一日。春の日差しは一段と明るさを増し、影の輪郭もくっきりと際立ってきました。私たちの「見る」という行為は、実はとても主観的です。自分の希望、不安、過去の経験という「色眼鏡」を通して、見たいものだけを見、見たくないものに蓋をしてしまいがちです。「視」という文字を紐解くと、左側は神事や示しを意味する「示」、右側は「見」から成っています。これは、単に視界に映るものを追うのではなく、「示されている真実を、注意深く、つぶさに見極める」ことを意味しています。禅の教えに「如実知見(にょじつちけん)」という言葉があります。物事をあるがままに、ありのままの姿で知るということ。「嫌な上司」と見える人は、本当に「嫌な人」なのでしょうか。あるいは「失敗」に見える出来事は、本当に「悪いこと」なのでしょうか。それらはすべて、あなたの心が付けた「ラベル」に過ぎません。鏡は、美しいものを美しいと褒めず、醜いものを醜いと蔑みません。ただ、そこにあるものを、そこにある通りに映し出すだけです。四月の第二週も後半に入る今日。一度、心の中のフィルターを外して、目の前の現実を「ただの事実」として眺めてみませんか。感情という色の付いた水が静まり、透明な水面になったとき、そこには今まで見落としていた解決の糸口や、相手の意外な優しさが、鮮やかに「視」えてくるはずです。

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