闇-YAMI-

yami闇

闇を恐れず、視覚に頼らない心の眼(心眼)を開く

Do not fear the darkness, and open the eyes of the mind (spiritual eye) that do not rely on sight.

選字の背景:暗闇にこそ、己の心眼を研ぎ澄ます鍵がある。

梅雨の湿り気がいっそう深まり、分厚い雲が地上に重たい影を落とす頃です。視界が遮られ、先が見通せない不安に包まれる時、私たちはつい「光」を求めて外側をきょろきょろと見渡してしまいます。しかし、この一文字は、目に見える情報に惑わされるのをやめ、内なる静寂の中に「真実を見る力」を養うべきだと説いています。本日、六月九日。雨の日は、昼間であっても世界が薄暗いベールに包まれたようになります。「闇」という文字を解体してみると、「門」の中に「音」と書きます。これは、門を閉ざした暗闇の中で、視覚を遮断し、ただ「音」に深く耳を澄ませる状態を意味しています。私たちの五感の中で、視覚は最も多くの情報を得られますが、同時に最も「騙されやすい」感覚でもあります。表面的な美しさや、派手な変化に目を奪われているうちは、その奥に潜む本質を捉えることはできません。禅の修行には、目を閉じることで、かえって自己の内面や世界の真理を鮮明に捉える「心眼(しんがん)」という概念があります。暗闇は、恐れるべき対象ではありません。それは、余計な視覚情報をシャットアウトし、あなたの直感や良心、そして物事の「響き」を研ぎ澄ませるための、聖なる結界なのです。目に見えるものだけを信じるのは「確認」に過ぎません。目に見えないものを信じ、捉えることこそが「洞察」です。六月の沈んだ光の中。もし、将来への不安や人間関係の不透明さに迷っているなら、あえて目を閉じてみてください。「どう見えるか」という世間の評価を捨て、心の深い場所で「どう感じるか」という響きを聴く。闇の中にじっと佇むことで開かれる「心の眼」は、どんなに眩しい太陽の下でも見えなかった、あなたの進むべき「真実の道」をくっきりと映し出してくれるはずです。

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