
耳を澄まし、万物の声なき声(説法)を聴く
Listen carefully and hear the voiceless voice (sermon) of all things.
選字の背景:春の静寂に身を置き、命のささやきを聴き取る
本日、四月十日。窓の外では、春の風が若葉を揺らし、名もなき花がひっそりと露をこぼしています。私たちは日々、溢れる情報や誰かの主張、そして自分自身の心のボヤキという「雑音」にさらされています。しかし、本当に大切なことは、往々にして言葉にならない静寂の中に隠されています。「聴」という文字を解体してみると、そこには「耳」だけでなく、「目」と「心」、そして「十(多くの)」という要素が含まれていることがわかります。つまり、真に「聴く」とは、耳という器官だけでなく、「全身の感覚を研ぎ澄まし、心を真っ白にして相手や世界と向き合うこと」なのです。禅の教えに「無説の説(むぜつのせつ)」という言葉があります。山や川、吹く風や咲く花は、言葉を発しません。しかし、それらは常に「今、ここにある命」の尊さを、音のない説法として私たちに語りかけています。語るのをやめ、聞こうとする執着さえ手放したとき、初めて「万物の声」があなたの心に流れ込んできます。四月の十日目。少しだけ立ち止まって、周囲の静かな変化に耳を傾けてみませんか。同僚の言葉の裏にある小さな不安、家族の何気ない溜息、あるいは、あなた自身の体が発している「休みたい」という微かなサイン。その「声なき声」を聴き取ることができたとき、あなたの判断はより深く、振る舞いはより慈しみ深いものへと変わっていくはずです。