疑-GI-

gi

疑う心も、真理を探究する上での一歩

Doubt is also a step in the quest for truth.

選字の背景:盲信を捨て、あえて疑う。その一歩が真実を拓く。

本日、二月十六日。春のような陽気が差したかと思えば、急に身を切るような寒風が吹き戻る、まさに「三寒四温」の真っ只中です。 空模様も、自分の心も、どこか定まらない。そんな時にふと沸き起こる「これでいいのだろうか」という疑いの心。それは決して後ろ向きなものではありません。「疑」という文字の成り立ちには、道に迷って立ち止まり、あちこちを振り返る人の姿が含まれています。 しかし、禅の世界には「大疑(だいぎ)は大悟(だいご)の基(もとい)」という言葉があります。大きく疑うこと、つまり当たり前だと思っていることに「なぜ?」と問い直すことこそが、大きな悟り(真理)に至るための絶対的な条件であるという教えです。私たちは、何も疑わずに信じ込むことを「良し」としがちです。しかし、盲目的に信じるだけでは、自分自身の力で真実に到達したことにはなりません。茶を淹れる時も、「この温度が最適だ」という教えを一度疑い、自分の手で、舌で、試行錯誤を繰り返す。その「疑い」と「検証」の先にこそ、自分だけの至福の一杯が生まれるのです。もし今、何かに疑問を感じているのなら、その「疑」を大切に抱えてください。それは、あなたが表面的な理解を超えて、本質を掴もうと動き出した証拠です。暗闇の中で問い続けるその一歩が、やがて揺るぎない確信へと繋がっていきます。

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