濡-NURERU-

nureru濡

慈雨を全身で受け止め、乾いた心を潤す(慈悲)

To receive the gentle rain with one’s whole body and nourish a parched heart (compassion).

選字の背景:雨を厭わず、潤いに満ちた豊かな心で生きる

本日、四月二十七日。この時期に降る雨は、初夏に向けて急成長する植物たちにとって、何物にも代えがたい「慈雨(じう)」となります。私たちはつい、雨に「濡れる」ことを避け、傘を差して自分を守ろうとしますが、時にはその潤いをあえて全身で受け止めるしなやかさも必要です。「濡」という文字は、さんずいに「需(もとめる、柔らかい)」を組み合わせたものです。土が水分を求めて柔らかくなるように、私たちの心もまた、適度な潤いを得ることで、初めて他者への優しさ(慈悲)を宿すことができるようになります。禅の教えでは、厳しく自分を律することと同じくらい、自分自身を慈しむことを大切にします。「もっと頑張らなければ」と自分を追い込み、心がカサカサに乾いてしまうと、周囲に対しても攻撃的になったり、余裕を失ったりしてしまいます。雨を「汚れ」や「邪魔もの」と見るか、命を育む「恵み」と見るか。その心の持ちようが、あなたの内側の風景を変えていきます。四月の終わり。もし心がトゲトゲしていると感じたら、誰かの親切や、自然の美しさ、あるいは自分への労いという「慈雨」を、拒まずにじっくりと染み込ませてみてください。しっとりと濡れ、柔らかくなった心からは、自然と周囲を和ませる温かな慈悲の光が溢れ出すはずです。

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